
お寺を継ぐということ――女性僧侶の私が、葛藤の先で見つけた「ご縁」と生き方
高校生の頃、「じゃあ、私がお寺を継ぐよ」と姉に伝えた私。しかし年齢を重ね、恋愛や仕事、自分自身の人生を考えるようになると、「お寺を継ぐ」という選択に何度も葛藤しました。そんな私が、祖父の死をきっかけに感じた「ご縁」と、少しずつ受け入れられるようになった自分の役割。寺に生まれた女性僧侶としての経験と、「縁起」「諸行無常」など、今の私の生き方の軸になっている仏教観についてお話しします。
「なんで私だけ?」 お寺を継ぐ葛藤も、すべて「ご縁」だった。
お寺に生まれた私が、「お寺を継ぐ」ことを受け入れるまで
私は、三人姉妹の末っ子としてお寺に生まれました。
一番上の姉とは9歳、真ん中の姉とは6歳離れています。
私がまだ高校生の頃、一番上の姉から、
「結婚したい人がいる」
と話をされたことがあります。
長女だった姉もまた、当然、お寺の将来について考えていたのだと思います。
私は姉に幸せになってほしかった。
そして当時の私は、自分がこれからどんな人生を歩むのかも、まだ何も分かっていませんでした。
だから、
「じゃあ、私が継ぐよ」
と言いました。
今思えば、ずいぶん大きなことを軽やかに引き受けたものだと思います。
けれど、年齢を重ね、自分自身の人生を歩み始めると、「お寺を継ぐ」という言葉の重さを少しずつ知ることになりました。
お寺を継ぐ女性としての葛藤
高校生だった私にとって、お寺を継ぐことは、まだ遠い未来の話でした。
姉が好きな人と結婚できるなら、それでいい。
「じゃあ私が」という気持ちは嘘ではありませんでした。
ところが、自分にも好きな人ができると状況は変わりました。
私が継ぐお寺は、かなりの田舎にあります。
一方、当時お付き合いしていた人には、都会でなければ続けられない仕事がありました。
お互いに好きでも、各々が譲れない場所があれば、その先の生活を考えると簡単ではない。
これは、お寺の後継に限った葛藤ではないと思いますし、婿養子としてお寺を継ぐ決断をされる方と結婚する女性もいらっしゃいます。
寺院や人生観により、事情も違います。
ただ、当時の私は、
「どうして私は、好きな人との未来を“家”が理由で諦めなければならないんだろう」
と思う悲しさを、一度だけではなく何度か経験しました。
「なんで私だけ」
と家族に反発したこともあります。
「もう駆け落ちしてしまおうか」
そんなことを考えた時期さえありました。
今振り返れば、別れの理由はお寺だけではなく、それもご縁だったと思うので、当時の選択を後悔してはいません。
それでも、「お寺を継ぐ」という選択は、住む場所、仕事、家族、結婚…
人生そのものと深く結びついています。
20歳で僧侶になっても、覚悟は決まっていなかった
私は20歳で得度し、浄土真宗本願寺派の僧侶になりました。
ただ、僧侶になったことと、
「私がこの寺を継いで生きていく」
と心から決めることは、私の中では別のことでした。
僧籍はとった。
でも、どこかにまだ、
「継ぐことで自分の人生を制限されたくない」
という迷いが残っていました。
そんな私の感覚が大きく変わったのが、23歳で祖父が亡くなったときです。
祖父の死を通して、初めて「ご縁」が腑に落ちた
祖父のお葬式には、本当にたくさんの方が来てくださいました。
地域の方や、祖父と関わりのあった方たち。
多くの人が祖父を偲び、寺に足を運んでくださいました。
その光景を見たとき、私は初めて強く、
「ご縁」
というものを感じたのだと思います。
私は、自分一人の努力だけでここにいるわけではない。
この家に生まれ、父や母がいて、祖父母がいて。
その前にも、私は顔さえ知らないたくさんのご先祖様たちがいる。
地域の方々や、私たちを支えてくださっている方々との繋がりもある。
自分では数えることすらできないほど多くの縁の中に、今の私がいる。
そんなことを強烈に感じました。
浄土真宗では、葬儀を単に亡くなった方を「送り出す場」とだけ考えるわけではありません。
亡き人をご縁として、残された私たち自身が人生や無常について考え、仏法に出遇う場でもあります。
私にとっては、まさに祖父の死がそのご縁になりました。
祖父を亡くしたことは悲しいことでした。
一方、その出来事を通して、
「私がこの家に生まれたことにも、私がこの寺を継ぐことにも、きっと何か意味があるんだろう」
と思えるようになりました。
それまで私は、「継がなければならない」というものに抵抗していたのかもしれません。
けれど、そのとき初めて、
「私はここを引き受けよう」
と思えた。
じたばたすることをやめて、ようやく腑に落ちた。
そんな感覚でした。
心理職と僧侶、3つの資格を同時に勉強した時期
そこから私は、僧侶の次の段階、住職になるための「教師」の資格取得のため学びを進めていきました。
そして私の場合、なぜかその時期が、臨床心理士・公認心理師の資格試験と重なりました。
新卒1年目の頃です。
日中はまだ慣れない仕事をし、帰って心理学の勉強をし、そのうえ仏教の勉強もする。
今振り返っても、
「慣れない環境のなかで、発狂しながらよく3つの資格のために勉強していたな」
と思います。
大変でしたが、無事に合格し、今の私につながる時間でもありました。
お寺の子として育った私の日常
「お寺の子だったら、やっぱり厳しく育てられましたか?」
と聞かれることもあります。
私自身は、とても厳しい宗教教育を受けたという感覚はありません。
私の家は、田舎の小さなお寺のため、兼業しないと生活していけません。
祖父が住職だった頃は、父は公務員、母も小学校教員だったので、私にとってはそこまで仏教中心の生活ではなかったのです。
ただ、振り返れば生活の中には当然のように仏教がありました。
家族でお経を読んだり、除夜の鐘をついたり。
また、食べ物を大切にすることもよく言われました。
子どもにも分かりやすく伝えるためだったのだと思いますが、
親から、
「お米一粒一粒に仏様がいると思って、大切に食べなさい」
と言われたことがあります。
もちろん、「米粒の中に本当に仏さまが住んでいる」という教義ではありません。
でも、その言葉は不思議と今も残っています。
私は今でも、ご飯をできるだけ一粒も残さず食べます。
一粒のお米が私に届くまでには、お米を育ててくれた方、運んでくれた方、調理してくれた方といった、複数の方々が携わっていらっしゃいます。
自分の目の前にあるものは、自分一人の力でそこに存在しているわけではありません。
できていないときもありますが、そうやって目の前のことに思いを馳せる感覚は、今の私の価値観の一つになっています。
「自分の力だけで生きているわけではない」
仏教には、「縁起」という考え方があります。
簡単にいえば、あらゆるものはそれ一つだけで存在しているのではなく、さまざまな原因や条件、繋がりによって成り立っているという考え方です。
私も、
「自分一人の力だけで、ここまできたわけではない」
という感覚を大切にしています。
家族との縁。
友人との縁。
仕事で出会った人との縁。
偶然だと思っていた出来事。
自分が気づいていないところで支えてくれた方々。
そうしたご縁が重なって、今の私があります。
だからこそ、できるだけ傲慢にならず、
「おかげさま」
と思える自分でいたい。
もちろん、常にそう考えられるわけではなく、人に腹が立つこともあります。
自分一人で頑張ったような気持ちになることもあります。
だからこそ、ときどき立ち止まって、この感覚を思い出すのだと思います。
「諸行無常」
もう一つ、私の中に自然と根づいている仏教の言葉があります。
「諸行無常(しょぎょうむじょう)」
です。
簡単にいえば、
この世にあるものは絶えず変化し、永遠に同じ状態のまま存在するものはない
という考え方です。
人は年をとる。
花は咲き、散る。
物は壊れる。
人との関係も変わっていく。
楽しい時間もずっと同じ時間ではなく、つらい状態も永遠に続くわけではありません。
私も、大切な物を壊してしまったときや、何かを失ったときに、
「形あるものは、いつかは変わっていくものだよね」
と考えることがあります。
人間ですから、悲しかったり、切り替えが難しかったりするときももちろんあります。
それでも、
変わってしまうものだからこそ、今ここにあるものを大切にする。
いつまでも同じではないからこそ、今出会えている人を大切にする。
その感覚を私の中では大事にしています。
心理学と仏教、二つの視点を持ちながら
私が僧侶以外に選んだ仕事が、臨床心理士・公認心理師です。
普段のカウンセリングで、こちらから仏教の教えを持ち出すことはありません。
心理支援には心理支援としての枠組みがあります。
ただ、ときどき相談者の方から、
「仏教ではどう考えるんですか?」
「僧侶としてはどう思いますか?」
と聞かれることがあります。
そんなとき、その方の役に立つと思えば、心理学と仏教、それぞれの視点から一緒に考えることもあります。
また、セミナーなどでは、心理学と仏教を掛け合わせながら、子育てや人材育成についてお話しすることもあります。
心理学を学んできた自分と、寺に生まれ仏教の中で育った自分。
今では、そのどちらも私をつくっている大切な一部です。
まだ、僧侶として在り方を探している途中
僧侶だからといって、私は何かを悟った人間ではありません。
迷います。
執着します。
間違えることもあります。
「分かっているのにできない」ということだって、たくさんあります。
でも、そんな自分だからこそ、
「私はどう在りたいのだろう」
と自分を省みて、問い続けていくのだと思います。
高校生の頃、「じゃあ、私が継ぐよ」と言った私。
そこから何度も反発し、悩み、ときには逃げたくなった私。
祖父の死を通して、ようやく「私が継ぐ」ということを受け入れられた私。
すべてが今につながっています。
私はこれからも、先輩僧侶や寺の友人、僧侶仲間たちに教えてもらいながら、自分なりの僧侶としての在り方を探し続けていくのだと思います。
仏教は、私にとって
人とのご縁に気づき、
自分が一人で生きているわけではないことを思い出し、
変わり続ける世界の中で、
「それでも私は、どう生きるのか」
と問い直すためのもの。
今の私にとっては、そんな存在になっています。
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コメント
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@exlove-tribe-8978
✓ 良かった点
この記事を読んで、高橋さんの今の素敵な人柄は、これまで経験してきた選択や葛藤、努力の積み重ねからできているのだと感じました。 高校生の時にお姉さんの幸せを考えて「自分が継ぐ」と決めたこと、その後、自分の人生や恋愛との間で悩みながらも、祖父との別れをきっかけに「ご縁」の意味を感じ、お寺を継ぐことを自分の意思で受け入れていったことがとても印象に残りました。 また、仕事をしながら心理学と仏教の勉強を重ね、3つの資格に向き合った努力も、簡単にできることではないと思います。 今まで高橋さんと関わる中で感じていた、人の気持ちを大切にする姿勢や優しさ、相手をすぐに決めつけずに向き合う姿勢には、こうした一つひとつの経験がつながっているのだと思いました。 今回の記事を読んだことで、高橋さんという人を今までより少し深く知ることができた気がします。自分も今あるご縁を大切にしながら、これからもっと高橋さんとの関係を深めていけたらと思いました。
